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2018年07月06日

西城秀樹さんに思うこと


もうだいぶ過ぎてしまいましたが、歌手や俳優として活躍していた西城秀樹さんが、本年5月16日にお亡くなりになりました。
まだ63歳という若さで、何もなければまだまだこれからという年齢で旅立たれてしまったことには、驚きと同時に残念でなりません。

管理人にとって西城さんでイメージするものといえば、まずは昭和50年代にCMに起用された「ハウス バーモントカレー」です。
うちではその当時から固形ルーでカレーを作る際にはバーモントカレー以外あり得ませんでしたが、それもおそらくは管理人の母や祖母が西城さんのCMの影響を受けたからでしょう。

また、西城さんの楽曲の中でもっとも印象深いのは、やはりなんといってもY.M.C.A.の「ヤングマン」です。
これはアメリカのグループがヒットさせた曲のカバーですが、西城さんが歌ったことにより日本でも大ヒットとなり、とくに手を動かしてY・M・C・Aそれぞれのアルファベットを表現する振り付けが一大ブームを巻き起こしました。
このヤングマンがリリースされた翌年に放送された金八先生の第2シリーズでも、3年B組のクラス全員が朝の学活で大合唱して盛り上がるシーンがありますが、これほど元気になれる曲はなかなかないと思います。
また、最近でもよく耳にする機会があるだけに、息の長い人気を誇る名曲とも言えるでしょう。

あと、管理人の母親も西城さんのことが好きで、1993年6月の「ユアエルム八千代台店」増床リニューアルオープンの際に西城さんのイベントが行われ、母が見たいというので連れて行った記憶があり、従って管理人自身もそこで西城さんのことを生で見たわけですが、そのルックス、スタイル、歌唱力、声の質、パフォーマンスなどなど素晴らしい面ばかりで、まさに日本のスーパースターだとつくづく感じたものです。

さらに、管理人が初めて推したアイドルが河合奈保子、そして今現在になって昭和アイドルの中でトップクラスだと思っているのが実は石川秀美なのですが、その2人ともに「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」でデビューしたという点でも、西城さんは個人的に大きな存在となっています。
きっとデビューしたてだった2人にとって、西城さんはいろいろと優しくアドバイスしてくれる、まさにお兄さん的な方だったに違いありません。
従って河合さん、石川さんともに西城さんが亡くなられたのはかなりショッキングだったことでしょう。
管理人としては石川さんのことはつい最近放送されたテレビ番組でその姿を見かけたものの、河合さんはもう何年もご無沙汰しているので、大変不謹慎ながら西城さんの葬儀で久しぶりに見れるのではないかと思っていたのですが、残念ながら参列しなかったようで、映ることはありませんでした。
まぁいろいろな事情があるのだとは思いますが、そういった場にすら姿を現さないことを考えると、メディアに出ることを完全に拒んでいるのでないかと感じた次第です。

話が少し逸れてしまいましたが、とにかく西城さんが63歳という年齢で旅立たれてしまったことには、ご本人はもとより、残されたご家族の方々も本当にお気の毒でなりません。
また、脳梗塞を2度も発症したことで大変な思いをされたのは間違いないでしょうが、その都度リハビリに励み頑張って復帰しようとする姿に、生きる勇気や元気をもらえた方々もきっと多かったことと思います。
芸能面ばかりではなく、そういった点でも西城さんの功績はかなり大きいものがあったと言えるでしょう。

それでは最後に西城秀樹さんのご冥福を心よりお祈り申し上げつつ、哀悼の意を込めてまだ若かりし頃の西城さんが「ヤングマン」を熱唱している動画を以下に貼り、結びとさせていただきます。

posted by SS at 00:00| Comment(0) | タレント関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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